不妊治療における精子選択の重要性

 
 

男性因子が不妊の原因である確率は約50%

 
 

日本の不妊治療は婦人科を中心に行われていますが、WHO(世界保健機関)の調査によると、不妊原因として、男性のみに原因があるケースが24%、男女両方に原因がある場合が24%で、不妊原因の48%は男性にも原因があるとされています。

 
sperm_01.gif
 
 

異常を持つ精子が胚発生と生児獲得に及ぼす影響

 
 

精子によって卵子に運ばれる父親の遺伝情報=DNAは、母親のDNAと融合して子供のDNAを形成します。生児獲得率に影響する因子は卵子、精子、着床する子宮の状態が強く関連づけられています。

もし、DNAに異常を持つ精子が卵子と受精してしまうと、その後の胚発生と生児獲得の両方に負の影響を及ぼす可能性があります。DNA異常を持つ精子がART成績の低下を招かないよう、治療においてはどのように最適な精子を選択するかが重要です。

 
sperm_02.gif
 
 

最良な精子を選ぶことの重要性

 
 

全ての精子が同じようにつくられているわけではありません。身体の健康状態に関係なく、全ての男性の精子の質は様々です。自然な精液も完璧ではありません。良好な精子もあれば、傷いた精子もあり、さらには死滅している精子もあります。

sperm_08.gif

治療成功までの道のりに立ちはだかる不健康な精子の特徴としては、運動性が低い、精子数が少ない、奇形精子、精子が含む遺伝子物質へのダメージ(DNA断片化)などが挙げられます。

人工授精、体外受精、ICSIなどの治療では最も良好で、健康な精子を用いたとき、治療成功率が上がるといわれています。

健康な精子は、健康的な胚と妊娠成立に必要不可欠と言えます。最も健康的な精子を選ぶことは、治療の成功率を最大化するために非常に重要な要素なのです。

 
 
 

精子DNA断片化

 
 

ヒトの細胞の核の中には染色体が存在します。

この染色体の中には、はしごをひねったような形の二重らせん構造をした大量のDNAが細かく折りたたまれています。精子DNA断片化とは、精子DNAの二重らせん構造が損傷している状態をいいます。DNA断片化が起こっている精子は異常を持つ精子といえます。これは主に、遠心分離機を使用した精子調整方法による物理的損傷や、精液中の活性酸素による酸化ストレスの影響によって引き起こされると考えています。

 
sperm_03.gif
 

このグラフは、精液に含まれる活性酸素値とDNA断片化率を、良好精子と習慣性流産の患者さんで比較したものです。

活性酸素値が精子DNA断片化に影響を与え、流産の原因になっているとも言えます。

また、習慣性流産をきたす患者さんグループは、きたしていない患者さんのグループに比べ、精子DNA断片化率と活性酸素値(ROS)が2倍以上という報告もあります。

 
 
sperm_04-1.jpg
sperm_04-2.jpg
 
 
 

DNAの修復機能

 
 

精子はDNA断片化を修復する機能を持っていないため、異常がある精子が卵子と受精した場合、卵子側のDNA修復機能によって胚の修復が起こると考えられています。

しかし、胚発生が著しくない患者さんや、習慣性流産の患者さんでは、卵子が持つDNA修復機能そのものが低下している可能性があります。卵子が持つDNA修復機能が低下している場合、ART成績の低下につながる可能性があります。

 
 
sperm_06.jpg
 
 
 

胚発生後期に出現する父親DNA因子

 
 

また、精子DNA断片化は、胚発生の3日目以降に負の影響を与えることが知られています。

これは「Late Paternal Effect」と呼ばれ、胚盤胞到達率や妊娠率の低下、流産率の上昇に関連すると考えられています。

 
sperm_05.gif
 
 

従来の精子調整方法

 
 

従来の方法では、良好な精子を回収するために、密度勾配遠心法やスイムアップ法を、組み合わせた方法が実施されてきました。

しかし、これらの方法は精子を回収するために多くの工程と長い時間が必要なだけでなく、精子への物理的ダメージをきたすことが分かっています。

そのため、遠心分離によって精子の細胞質に影響を与え活性酸素が発生する可能性があります。活性酸素への曝露時間が長い場合、DNA断片化も起こると考えられます。

また、遠心処理は精子独自の運動性を必要とせずに回収する方法です。前進運動性の低い精子も回収されてしまう可能性があります。

 
 
sperm_07.jpg
 
 
 

新しい精子調整方法

 
 

新しい精子調整法は、化学物質や遠心分離機を使用せずに、短時間で良好な運動性精子のみを回収するデバイスです。医師の判断により、人工授精、体外受精、および顕微授精等の症例に使用できます。

新しい精子調整法では、遠心分離せずに精子を回収できるため、精子のDNAが物理的に損傷するのを防ぐことができます。また、精子回収までの工程数が少なく、短時間で処理が完了するため、活性酸素の影響により精子DNA断片化が進行する可能性が低減されます。

また、精子の前進運動性とDNA断片化率には相関があるという報告もあり、高い前進運動性を持つ精子を選ぶことが重要です。

 
family-2610205_1920.jpg
 
 

監修:湯村 寧 先生(横浜市立大学附属市民総合医療センター 生殖医療センター部長 准教授 ※2021年2月現在)

参考文献情報:

  • Sakkas D. et al. Human Reproduction Update. 2015 Nov-Dec;21(6):711-26.

  • Parrella A. et al. Journal of Assisted Reproduction and Genetics. 2019 Oct;36(10):2057-2066.  

  • Malic Voncina S. et al. Fertility and Sterility. 2016 Mar;105(3):637-644.e1.

  • Jayasena CN. et al. Clinical Chemistry. 2019 Jan;65(1):161-169.

  • Tesarik J. Reproductive BioMedicine Online. 2005 Mar;10(3):370-5.

  • Horta F. et al. Human Reproduction. 2020 Feb 28.

  • Zini A. Et al. Urology. 2000 Dec 20;56(6):1081-4.

  • Agarwal A. et al. Expert Review of Molecular Diagnostics. 2019 Jun;19(6):443-457.